life of seclusion

晴耕雨読

消え去るその日まで

少し前、俺はこの世界線から消え去る事ばかり考えていた。

今は「この世界線から消えるのは、この国からさり他の世界を見てからでも遅くない」と考えるようになった。

希死念慮がちらつく中で珍しくポジティヴである。

それを阻止せんとするがごとく日々足を引っ張るような障害が発生しているがそれらを完膚無きまで叩きのめしつつ淡々と進めていかなければ、恨み節をいただいたまま消えることになる。後悔と悔いしかない糞のような人生であるが、それだけは避けたい。

別の世界を観てから逝きたい

合うか合わないかなんてわからない。それでも最後に別の世界を見て見たい。

それが希望。最後の希望。ここで得ることはできなかった。絶望だけが日々積まれていく。

希死念慮にとらわれる日々の中で、「別の世界を見て、そこも絶望だけが積まれる世界なら、その時終わりにすればいいじゃないか」と言い聞かせなんとか生きるということを選択している。

そこに行きつく

相変わらず壁を作っている。無意識のうちに意識的に作っているように思う。

過去の経験から距離を取るように振舞っているのは意識的だと思うが、振る舞いの途中で気がつくので気づくまでは無意識なのだと思う。

周囲は細かいことを気にしない気さくな方が多い中でもそういう心理が働いてしまうのは、横浜の現場で受けた仕打ちがもう決して癒えない傷となっているんだろうな・・・。

もうここでは生きていけないから出て行こう。横浜で受けた仕打ちが社会全体の雰囲気・空気として俺に襲いかかることはもう目に見えているのだから・・・。

想い

倦怠感はあるものの、以前よりは精力的に動けている。

これが最後、「ここでやりたいことはやりきろう」という想いと、「ここから出ていくためにできることはなんでもしよう」という想いが倦怠感を凌駕しているのかもしれない。