life of seclusion

心静かに気ままに生きれる場所をつくり、そこで余生を過ごす

社会で生きることがつらい

数十年、紆余曲折はあったが、それでもなんとかこの社会の片隅で生きてきた。

しかし数年前に精神的疲労の蓄積が限界を超えうつ病を発症。なんとか復帰したものの、以降誰かと仕事をするということに強いストレスを感じるようになってしまった。

将来の展望も見えない状態で「死こそ救い」と考えることが多いが、一方で前提を変えれば「死」以外に救いがあるとも考えている。

セミリタイアへの憧れ

幸い私を慕ってくれる友人が何人かおり、彼らとは今後も交流を続けていきたいので完全に社会と決別することは考えていない。

うつ病を患ってからあまり表には出さないもののメンタルの乱高下が激しく苦しんでいる。これは仕事のストレスに起因することが多い。

原因を取り除くという意味では仕事から離れることが良いのだろうがそれでは生きていけない。また、労働意欲が皆無というわけではないので、男が1人ひっそりと暮らせる程度には働きたいと思っている。

世間一般の常識や価値観はそれらに適応できない私を苦しめる。適合できない社会から距離を置きつつも緩くつながっていたいという思いは日々強くなり、気が付けばセミリタイアにあこがれるようになっていた。

セミリタイアに向けて

ある国家資格の取得を計画しており、今後はその資格を基に個人事業主として舵をきる。

会社勤めだと仕事を自分でコントロールできない。自分の作業計画は差し込みなるはや対応でぶち壊されるということ繰り返してきた。
そのたびに強いストレスを感じてきたし、それが積もりに積もって精神を病んでしまった経緯があるのでことは慎重に進めるつもりだ。

世間と緩くつながりつつも距離を置き、心静かに余生を送ることが夢であり目標。