life of seclusion

ただ気ままに生きたいだけ

駒でしかないのか

他者に依存する限り、自分は落ち目だがそこそこ使えそうな便利な駒でしかないのか?
ふとそんな風に思うことが多々あります。

それは周囲がこちらの都合を考慮してくれない言動が目につくからかもしれません。

もうなんか疲れていて正直新しいことにチャレンジとか辛いですのですが、周囲は私をいろんな言葉で鼓舞します。

何かに依存し続ける限り、駒であることに変わりはないでしょう。同じ駒でも都合の良い便利な駒として生かされる現状から脱却すべく行動していかないと、私自身が望む平穏な生活は得られないと思っています。