life of seclusion

晴耕雨読

忙殺からの解放

一縷の望みを持って生きていこうと決心しても死の誘惑は常に湧いて出てくる。

人ひとりこまらない程度に生きていければそれでよいので、多くは望まないが多少の収入を得られる柱があればそれでよかった。ビジネスの成功は目標や目的ではない。

ただただ忙殺からの解放されたかっただけなのにまた他人の都合に引っ張られ忙殺されようとしている。

大変お世話になったある人のお手伝いをしているが、最近では言葉巧みに私をコントロールしているのではないかと思うようになってきた。打ち合わせを打診されたとき、たまたま予定が入っていて都合がわるく断ろうとすると「あなたのためにやっているのに自分勝手ではないか」と詰め寄られ、その都度先約をリスケさせられている。

俺は都合の良い駒なのか。無能でも他人に自分の時間を献上することくらいはできるだろう?ということなのか。

そんなことを考えていたら、望みとかもうどうでもよくてただただ生きるのが面倒になってきた。

私は高い志も何もない。誰かのためにとか世のためにというのもない。むしろ私を苦しめてきた世間に何を返すものがあるというのか・・・。