life of seclusion

晴耕雨読

再発

1月末から調子を崩しはじめ、自分を無能無価値、価値提供できる人間の身が生きることを許されるこの社会になんとか適応しようとした。しかしどれだけ努力しようが意識を変えようとしようが所詮は”無能”。無から成果は生まれない。

無能である自分を責め、生きるべきではないと自虐自罰に走った結果。鬱のような症状を再発してしまった。

幸い、以前のようにもうほぼ動けなくなってからではなく、まだ動ける間にギブアップ宣言をしたのでいくらかはましであるが、生きづらさに変わりはない。「生きるのに向いていない」と日々感じ、もうこれ以上生きることはやめにしたいと強く願っている。

セミリタイアして静かにくらいしたいという願いは、そう願うほど逆の方向へ進んでして、それが私に強い絶望感を与えている。